調理人が生産者のためにしたいこと,低価格志向を考える
1.はじめに
「函館」と聞くと,皆さんはどのようなことを想像するでしょうか。100万ドルの夜景,異国情緒あふれる街並,戊辰戦争に関わった史跡といった観光名所。蟹や烏賊,戸井のマグロといった新鮮な魚介類や朝市を代表とする水産・小売業などが浮かんでくると思います。では,「函館らしいデザート」と聞かれたときに何を想像するでしょう。
私がとある団体食を中心とする店で働いていたときのことです。お客様から「函館らしいデザートをコースに追加して欲しい」との依頼を受けました。「北海道らしいデザート」であれば,乳製品,小麦,小豆,芋,メロンなどを用いたデザートを思い浮かべられます。しかし,数十年もずっと函館に住んでいながら函館らしさをうち出したものをぱっと考え付くことができませんでした。
大野のマルメロ,七飯のりんご,福島の米,森のかぼちゃといった食材が生産されていることは知っていました。しかし,その食材で「北海道」らしさと「函館」らしさの違いを出せるかが不安でした。「この食材は北海道の中でも函館が有数の名産地なのだ」と,はっきりいえる食材の知識が無かったためです。これを契機に改めて地元の農産物を知ろうと学び始めました。そして勉強していくうちに,函館では農業が幾分軽視されている面があるのではないかと感じ,ならばあえて水産で有名な函館・道南で,野菜・酪農を中心としたメニュー作りで,飲食店が生産者を盛り上げることができても良いのでは,そう考えて本文を綴りました。
2.野菜の活き造りはいかがでしょう
函館では店内に生簀を置いて,注文に応じて目の前で活き造りにしたり,茹で上げてみたり,直火の上に乗せて焼いてみたりと,魚介類中心のお店ではこういった新鮮さを出した演出がお客様から好評を得ています。それなら農産品でも同じような演出ができるのではと思いました。
地場の野菜の中から特に鮮度が良くなければ食べられないものの厳選・提供、例えば甘さいっぱいのピュアホワイトやえぐみのない朝取りの根曲り筍の刺身など生食ができる珍しいものを提供するのも面白いでしょうし,店内に鉢植えで栽培しているトマトの枝から,お客様にひとつを選んでいただき,同じく鉢植えのバジルを目の前で摘み,トマトとバジル,チーズ(或いは豆腐)のカプレーゼを作り提供するのも良いでしょう。
変わったところでは生クリームを用意し,男性のお客様には腕の見せ所として撹拌用にビンを渡し,女性の方にはお手軽に撹拌できる電動ホイッパーを渡して,自家製バターを作っていただき,パンやジャガ芋の上に乗せて召し上がっていただくのも乙だと思います。
また、冷蔵クリアボックスや氷を張ったガラス製ボウルの上に並べた新鮮な野菜の中からお好みの野菜を選んでもらい,お客様の希望する調理法で、例えばタジン鍋で蒸し上げてバーニャカウダにしたり,煮物・焼き物にしたりして召し上がるのも面白いでしょう。もちろん店頭販売も取り入れます。
他にも豆乳ににがりをうち,目の前でおぼろ豆腐の出来上がる様子を見て味わっていただくのもより楽しんでいただけると思います。
農産品メインだと華がないので難しいという声も聞きましたが,そんなことはありません。このようなお客様が喜んでくれそうな演出・企画は数限りなく思い浮かびますし,実際に導入するのもさほど困難はありません。
ただ,こういった演出・提供方法をする中で,生産者の姿を考えるという前提を考えたとき,決して外してはいけないポイントが3点あると私は思っています。一つはお客様に「触れてもらうこと」,もう一つは「感じてもらうこと」,そして「知ってもらうこと」です。
3.小さな収穫体験,生きた食材に触れる
野菜を直接手に取りもぐ。家庭菜園を営んでいる人なら,スーパーなどで売られている成熟前のものと,しっかりと完熟したそれとの違いを大きく感じていることと思います。瑞々しく,張りがしっかりとしてイボやとげが痛いぐらいに突き刺さる,そういう野菜の感触に命の息吹を感じます。しかし,大多数の家庭では商品として店頭に並べられている,息吹の弱くなってしまったものに触れたことしかないでしょう。情報で想像するのではなく,実物に触れてもらうことで得られる体験的知識,これを知ることが「食」「農」への興味につながっていくと思います。
また学習活動は,座学で学ぶより体験的学習で学んだ方がより深く心に留まります。複数のお客様に手作りバターを瓶で分離させる方法とホイップで分離させる方法を試してもらい,できたそれをすぐさま料理で味比べをする。小・中学校で子どもの体験学習の教材として扱われることが多いこのバター作りは、大人がしても大変楽しいものです。苦労した分だけ,そしてすぐに料理としてでてくるとあれば尚、美味しさが増すでしょう。
4.五感で感じる
食材を触覚・味覚で感じるだけで終えてしまうというのも,非常にもったいないことです。もっと視覚や聴覚,嗅覚にうったえる工夫も考えられるでしょう。主役級の食材は勿論,けん・つま・剥きものといった目立たない添え物でも,新鮮なものであればこんなに切り口が立ち崩れず,切り口の艶やかさが続くのだということを見せることで。お客様の食材への興味を深められるのではないでしょうか。野菜を切ったとき,口にしたときの小気味のいい音。トマトをもいだ瞬間,バジルをちぎった瞬間の香り。このように新鮮さを五感全てで感じることで,より深く食材への関心を引き出せるのだと思います。
5.知ることの重要性
それら関心・興味を引き出した上で,お客様に「知ってもらいたいこと」があります。簡単なところでは,地域内外の食材の旬や保存法などです。実は旬のものは露地栽培でなくても,美味しさは勿論,栄養価までが高まります。が,これを知らない人結構いると思います。「旬」のありがたみ,季節感が薄くなっている今だからこそ伝えたいのです。地場の旬の食材を知ることも大切です。
そして最も知って欲しいこと,それは地場の食材とそれを育む生産者の姿です。自分の住んでいる地域で何が栽培されているかということを知らない人が意外といるのではないでしょうか。私の住む函館では,観光・水産のイメージが強いため,私を含め大半の地元の人は根菜,キャベツ・白菜が道内でも有数の産地であることを知りませんでした。
では,地場の食材を知ることで何が変わってくるのか。函館の場合,今まで観光・水産一辺倒だった産業に限界が見え始め,農産業重視に方策を変える可能性が出てくると思っています。外国からの旅行者はここ数年増え続けていますが,中々財布が硬いという傾向があります。円高の現在は尚更です。また,異常気象・海洋資源の減少で水産業も泰然と構えることが難しくなってきています。そんな中,底止まりながら安定している農産業に興味を持っていくことが今後必要になってくるものとそう思っています。
6.地産地消と価格競争
この頃地産地消を合言葉に飲食店はもとより,一般家庭にも地元の食材をという流れが出てきています。生産者が共同経営で農産物直売所を営むところが増えたり,スーパーの中にもコーナーを設けたり,観光農場として果樹園を有料一般開放したりするようになったことが拍車をかけているのもあります。市場流通品と比べて,規格外のものも混じってはいますが価格も量もお手ごろになっています。地場の農産業を推奨することにも繋がるこの動き,消費者には嬉しいことですが,生産者の声はどうでしょう。
実際に森町で農家をなさっている方からお話を伺いました。「今の中心作物はじゃがいも,メロン,かぼちゃ,西瓜などでこれらは全て東京に送ってしまう」「トマト・トウモロコシもできるが,自分で食べるためや配るための分くらいしか作らない」「卸市場だと買い取り価格が安くなってしまうことがある」「地産地消も必要なことだししてみたいとは思うが,経営を考えると商品作物を主体にせざるを得ない」と,消費者とは乖離が見られます。
不景気のさなか低価格志向への流れは,仕方がないことにも思えます。しかし価格競争が生産者に過大な重圧をかけすぎている,乖離にはそれが垣間見えているように思います。その一方で生産者は経営が上手くいく位の価格がつくのならば,地産地消の流れに乗ってもらえることを示唆しているとも受け止められました。
飲食店の視線からこの低価格志向の流れを見たいと思います。私が体験したケースですが,食材の発注をとある業者にしたときのことです。今後何とか仕入原価を抑えたい旨を業者の方に伝えていました。翌日,届けられた食材は,安いものを求めすぎるとこういうものが来るのかと思い知らされる代物でした。どうしても使えないものは返品・交換しましたが,検品に立ち会った業者の方は何と思っていたのでしょう。
決して正しいことではありません。でも,業者ばかりを責めるわけにはいきません。そうさせたのは自分なのですから。卸業者も価格を下げるために必死なのです。
7.適正な価格販売を望む
低価格という一面だけを追い求めてしまうと,生産者,卸,飲食店,そして口にするお客様,と全てに悪影響を及ぼす可能性があります。確かに安くてよいものもありますが、そうではないものの方が圧倒的に多いのではと思います。そういう不信・懸念を持って食事をされても、美味しく感じるとは思えません。
ならば、全ての人が「価値に見合っていれば多少高くてもいいや」「美味しくて安い地場の食材を使おう」という考えに変わったほうが良いのではないのでしょうか。そのきっかけを作るために今後も調理師としてできることを続けていきたいと、そう思います。
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